モデルコース

新寺・陸奥国分寺薬師堂コース
新寺・陸奥国分寺薬師堂コース
藩政時代の歴素敵建造物藩政時代の歴史的建造物
モデルコース01

仙台駅

仙台駅
モデルコース01

孝勝寺こうしょうじ

孝勝寺の山門、釈迦堂

東北唯一の日蓮宗本山である孝勝寺(こうしょうじ)。光明山大仙寺(だいせんじ)として開山以来寺号(じごう)に変遷があり、仙台藩三代藩主伊達綱宗(だてつなむね)公は万治2(1659)年、二代藩主伊達忠宗公の正室振姫の法号を以て孝勝寺と改めました。

山門は嘉永年間に仙台城から移築されたものといわれ、未指定ながら仙台城関連の現存する建築物として貴重です。三間一戸(さんけんいっこ)、切妻造、本瓦葺で棟の両端には鯱(しゃち)を載せています。

釈迦堂(しゃかどう)は元禄8(1695)年、四代藩主伊達綱村公が生母三沢初子(みさわはつこ)の冥福を祈るために榴ヶ岡(つつじがおか)に持仏堂(じぶつどう)として建てたもので、昭和48年宮城県図書館建設に伴い孝勝寺境内の現在地に移されました。縁を失い、本瓦葺が銅板葺になるなど、移転・改修のため当初の姿は失われていますが、3間四方の仏堂(ぶつどう)で宝形造(ほうぎょうづくり)、一間の向拝(こうはい)が付くもので、内陣(ないじん)奥の厨子(ずし)には釈迦像を安置しています。現在、仙台市登録有形文化財となっています。

孝勝寺の名前の変遷

常長常長「はじめの名前は大仙寺でしたが、政宗公がこの寺に戦勝祈願をしたところ連戦連勝。そこで全勝寺と改名させました。さらに二代忠宗公の時代に善勝寺に改名、さらにさらに忠宗公の正室振姫様(孝勝院)が没した際に、三代綱宗公によって改名され、孝勝寺となったのです」

モデルコース02

榴岡天満宮つつじがおかてんまんぐう

榴岡天満宮唐門

天満宮は現在の東照宮の地・玉手崎(たまてさき)にありましたが、仙台藩二代藩主伊達忠宗公が東照宮を造営するに当たり境内東側に遷座し、その後三代藩主伊達綱宗公の意思により寛文7(1667)年に、宮城野区榴ヶ岡(つつじがおか)の当地に移り、本殿と拝殿等を整えました。その後たびたび改修がなされ、唐門(からもん)だけが当時の姿を留めています。

その唐門は、一間一戸(いっけんいっこ)、向唐門(むかいからもん)、銅板葺、桟唐戸(さんからと)、円柱、朱塗です。禅宗様の様式が特徴で、仙台市登録有形文化財に指定されています。

一方、ここは名勝「おくのほそ道の風景地」を構成する「つゝじが岡及び天神の御社」としての指定地内でもあります。

モデルコース04

正楽寺しょうらくじ

正楽寺本堂、山門

本堂は、宝永5(1708)年春の大火による焼失後享保5(1720)年に落成。その構造は桟瓦(さんがわら)(一部本瓦)葺(ぶき)入母屋造(いりもやづくり)の屋根を有する間口、奥行とも十二間四方で内部は板敷の内陣と畳敷の外陣とにわかれています。特に畳敷の外陣は広大で、浄土真宗仏堂の特徴が示されています。

山門は寛保2(1742)年の建築。桟瓦葺(さんがわらぶき)切妻造(きりづまづくり)の屋根を有する三間一戸の楼門(ろうもん)形式の八脚門(はっきゃくもん)で、元来二階部分は鐘楼(しょうろう)となっていました。

仙台では藩政時代から今日に至るまで、数回にわたり寺町が大火にみまわれることもあって、この本堂と山門はそれらをくぐり抜けてなお現存している点で貴重です。本堂・山門とも仙台市登録有形文化財に指定されています。

モデルコース05

松音寺しょうおんじ

松音寺山門

曹洞宗の松音寺(しょうおんじ)は若林区新寺(しんてら)に所在し、その山門は仙台市登録有形文化財となっています。

山門は桟瓦葺(さんがわらぶき)、切妻造(きりづまづくり)、三間一戸(さんけんいっこ)の薬医門(やくいもん)で、若林城(わかばやしじょう)の城門を仙台藩二代藩主伊達忠宗公から拝領したものと伝えられています。松音寺は火災により、明治16年に連坊(れんぼう)から現在地に移転していますが、山門もその時に移転したものとされています。

モデルコース06

御菓子処モリヤ

御菓子処モリヤ
井上ひさし氏の小説「青葉繁れる」の舞台にもなった「連坊」。通りにお寺が連なるようにあったことからこの名がついたと言われています。御菓子処モリヤは、昭和47年の創業以来、連坊で四季折々の和菓子を創作してきました。仙台では数少ない工芸菓子の職人でもあり、店内には作品が飾られています。また、どら焼きなどの焼き菓子も、今どき珍しい手焼きにこだわっています。生クリームを使用した生地でずんだ餡を包んだ「ずんだの里」や、中にずんだ餡がたっぷり入ったマドレーヌの「ずんだまつり」がお土産として人気です。
モデルコース07

陸奥国分寺薬師堂むつこくぶんじやくしどう

陸奥国分寺

陸奥国分寺は日本最北の国分寺。境内には国の重要文化財である薬師堂(やくしどう)、宮城県指定有形文化財である仁王門(におうもん)、仙台市登録有形文化財である鐘楼(しょうろう)・准胝観音堂(じゅんていかんのんどう)があります。また、これらの建物があるところは史跡陸奥国分寺跡地内になります。

薬師堂は、伊達政宗公が慶長12(1607)年に再建された仙台最古の木造建築物で、5間四方の素木造り。屋根は単層入母屋造(いりもやづくり)本瓦葺(ほんかわらぶき)の建物で、桃山時代の最後の様式とされています。

仁王門は薬師堂が創建されたときに建立されたと伝えられているもので、現在に残るものは茅葺(かやぶき)・入母屋造・3間一戸の八脚門(はっきゃくもん)です。阿形(あぎょう)と吽形(うんぎょう)の一対の金剛力士像が安置されています。旧陸奥国分寺南大門(なんだいもん)の位置に当たり、礎石(そせき)は南大門のものを利用したものと考えられています。

さらに、名勝「おくのほそ道の風景地」の一つ「木(き)の下(した)及び薬師堂」に指定され、芭蕉(ばしょう)の句碑をはじめ指定・登録文化財など、歴史を偲ばせてくれる空間となっています。史跡整備も進んできており、平成29(2017)年には、ガイダンス施設もオープンしました。

松尾芭蕉句碑

松尾芭蕉松尾芭蕉「松島の月を慕っておくのほそ道の旅に出て仙台へ。仙台では陸奥国分寺薬師堂や榴ヶ岡天満宮などを参詣しました。仙台を離れる際に詠んだ句は立派な句碑となって准胝観音堂の脇に建てられております。あやめ草 足に結ん 草鞋の緒」

モデルコース08

地下鉄東西線 薬師堂駅

薬師堂駅

マップ

map

ページの先頭へ戻る