伊達政宗公が築いた城下町「仙台」。その歴史のなかで、この地に根付いた独自の料理や食材があります。仙台の風土と仙台の人・技・心に育まれた味わいの数々…。美食家政宗公がもしこの世にいたら、きっと思わずうなってしまう、仙台生まれの美味いもん、それを「伊達美味(だてうま)」といいます。メニューが一つだけではなく、ジャンルさまざま、美味さもいろいろあるのが伊達美味の特徴です。さあ、誰にでも大好きな伊達美味があるはず。仙台の誇り「伊達美味」。ぜひ、ご賞味ください。
牛たん焼きは仙台が発祥の地。昭和23年に初めての牛たん焼き専門店が生まれ、そこから全国へと広がりました。その味は、今や「仙台名物」としてすっかり定着しています。現在、仙台市内には約100の専門店があるといわれ、人気の高さを物語っています。牛たん焼きは単品でも頼めますが、定番は麦飯にテールスープ、白菜やきゅうりの塩漬け、牛たん、青唐辛子の味噌漬けの付け合わせがセットになった「牛たん焼き定食」。メニューは一緒でも、使う牛たんの部位や味のつけ方など専門店それぞれにこだわりがあります。ただ一つ変らないのは、どのお店で食べても牛たん焼きは美味しいということ。十分に熟成させた「たん」を炭火にかけた金網の上でさっと焼き、あつあつをいただきます。適度な歯ごたえとともにジューシーな肉汁が口の中いっぱいにあふれます。
まだ冷凍技術がなかった頃、松島周辺でヒラメの大漁が続き、捕れた魚の処理に困った知恵のある漁師たちが、魚の身をまな板で叩いて手で形を整え、竹串に刺して焼いたのが始まりとされる『笹かまぼこ』。その形状から、昔は「木の葉かまぼこ」「手のひらかまぼこ」「平かまぼこ」「ベロかまぼこ」などとも呼ばれていました。笹かまぼこの美味しさはこんがりと焼き上げた白身魚のシンプルな味わいと独特の歯ごたえにあります。噛んだ時のプリプリとした弾力をかまぼこ業界では「足」と呼び、良質なものほど「足」が強く、なおかつサクッと噛み切れるといいます。『笹かまぼこ』は新鮮なうちにそのままかぶりつくのが一番。わさび醤油や生姜醤油、マヨネーズをつけるのもおすすめの食べ方です。
『仙台あおば餃子』は農業の振興と地域経済の活性化を目的に、仙台市内で生産された農産物を使った新たな商品を、というテーマから誕生しました。その特徴はネーミングの「あおば」からもわかるように、杜の都をイメージさせる緑鮮やかな色。地域特産の仙台産雪菜をたっぷりと皮と具に練り込んでいます。その味は実に風味豊か。野菜の甘さと歯ごたえが楽しめ、皮は厚めでモチモチ、冷めても固くなりにくい餃子に仕上がっています。野菜をふんだんに使用しているため、カルシウムやビタミンAなどが豊富で、栄養面でも優秀。身体にもやさしいヘルシーな美味しさです。
水深100メートル程のなだらかに広がる海底。岩礁地帯や砂場といった変化に富んだ環境、さらに北上暖水、流れ込む大河川などの影響で発達した沿岸水。魚の生息に適した仙台湾付近は、魚介類の種類が他地域に比べて多く、これまでに確認された魚類は約260種。白身魚の代表種である、ヒラメ・カレイ・スズキ・鯛などもたくさん捕れます。そうした旬の白身魚のヅケと、宮城の米を使ってつくられるのが宮城・仙台の新名物『仙台づけ丼』です。ほかでは味わえない白身魚のヅケがふんだんに盛られた丼に箸をのばせば、新鮮!美味い!ヘルシー!しかも安い!と叫びたくなるはず。まるごと仙台の美味しさがつまった、まさに絶品の丼です。
その昔、仙台藩でもお盆独特の郷土料理として楽しまれていたという『ずんだ餅』。ずんだの語源は、豆を潰す意味の「豆打(ずだ)」が永い間に「ずんだ」に訛り一般化したというのが有力で、命名者はかの伊達政宗公とも言われています。他にも諸説としては伊達政宗公の陣中で、太刀で枝豆をすり潰したことが起源とされ、その由来から「陣太刀」が変化し「ずんだ」になったとする説や地域によっては「じんだ」「じんだん」とも言うため、「甚太」という人が作ったとする説もあります。枝豆を茹で、薄皮を剥いて潰し、砂糖を混ぜてできたずんだを餅にまぶす。これが基本的な『ずんだ餅』の作り方。独特の色合いと甘い風味、まろやかな口あたりに加え、『ずんだ餅』は枝豆パワーの健康食品。仙台ではいまや名物としてお盆に限らず、一年中楽しめるようになりました。そして、その美味しさは昔もいまも多くの方に愛され続けています。
『仙台駄菓子』は、仙台市で作られる伝統的な和菓子で、名産品の一つです。江戸・明治期の仙台でも駄菓子づくりは行われていましたが、この時点では子供向けのありふれた駄菓子で、名物とまでは言われていませんでした。『仙台駄菓子』という固有名が生まれたのは、昭和30年代以降になってから。その背景には、伝統駄菓子の衰退期に、仙台駄菓子の種類の豊富さ、味わい深さなどが高く評価されたという、理由があるようです。現在は、穀類を主材料に水飴や黒糖で甘味をつけた、ささら飴、うさぎ玉、ネジリ、オコシ、といったものが主に作られていますが、手作りが中心のため各店の職人によって同じ種類でも味は異なっており、これもまた『仙台駄菓子』の特徴になっています。
おやつに、お土産にと人気を集めている仙台銘菓。その種類は実に豊富です。いずれの品も無添加などの安心に加え、こだわり抜いた材料を使用。ひとつひとつが独特の美味しさを醸し出す逸品です。 添加物を一切加えず、一つ一つ昔ながらの手づくり。ほどよい甘さの素朴な味わいが郷愁を誘う『おはぎ』。中身が透けて見えてしまうほど薄くのばしたお餅で生クリームと餡を包んだ小ぶりで可愛い大福『喜久福』。栗や小豆などの素材を厳選。独自の技術で丁寧に練り上げ、自慢の「味」と「こし」を生み出している『栗ヨーカン』。沖縄、波照間の最高級黒砂糖を生地に、北海道十勝産の小豆を餡に使用。しっとり、つやつや『黒砂糖まんじゅう』。厳選された小豆にフレッシュな生クリームをミックス。クリーミーな餡とふっくらとした皮が絶妙な『なまどら焼き』。フレッシュバターと卵、砂糖を練り上げた「タネ」で、クルミの入った白あんを包み、しっとり焼き上げた『支倉焼』。濃厚なオリジナルカスタードクリームとふんわり柔らかい高級カステラが醸し出す美味しさのハーモニー『萩の月』。卵白、砂糖、落花生粉などの材料を使って、サクッと香ばしく焼き上げ。丸くて、レトロな味わいの『まころん』。選び抜かれた素材が、皮と餡の絶妙なバランスを生み、それらが渾然一体となって美味しさを作り出す『モナカ』。お米とクルミなどの山の恵みをふんだんに使ってつくられる、ほんのり甘く、香ばしい味わいの『ゆべし』。
芋煮とは里芋を豚肉、大根、人参、白菜、ねぎ、こんにゃくなどの具材と一緒に鍋で煮込んだ郷土料理です。『仙台芋煮』の特徴は豚肉を使い、味噌で味付けした豚汁に近いもの。山形にも同じような鍋料理がありますが、こちらは牛肉に醤油味のすき焼きに似たものになっています。仙台では、9月〜10月になると河原でこの鍋を囲む芋煮会が一斉に行われます。薪の燃えるどこか懐かしい匂いと美味しそうな味噌の香りに包まれる芋煮会は、古くから親睦を深める行事として、家族・友人・地域・学校・職場などで行うことが多く、仙台の秋の風物詩です。芋煮の由来については、秋の稲の刈り入れどきが里芋の収穫期と重なっていて、その際に行われた鍋料理の習慣に由来するという説や舟着き場で船頭が鍋を囲んで舟を待ったことに由来するという説などがあります。
仙台の西、市街地から車で1時間ほどにある定義山は「定義如来 西方寺」という、浄土宗のお寺が有名な場所。ここでの一番の名物が『三角あぶら揚げ』です。大ぶりで厚さ2cmはあろうかという、『三角あぶら揚げ』は外はサクサク、中はシットリ。醤油をたらし、唐辛子をかけて熱々をほおばれば、噛みしめるほどに豆のミルキーさと焦げ目の香ばしさが得も言われぬ美味しさ。単なる油揚げとはちょっと違う、食感と味わいを生み出すポイントは2度揚げにあるそう。以前は、この場所でしか食べられませんでしたが、現在は、仙台市内の居酒屋さんなどでも食べられるようになりました。
『仙台牛』の歴史は昭和6年、宮城県畜産試験場が肉質の向上を図るため、兵庫県から種牛を導入し、牛の改良を手がけたことから始まります。現在、『仙台牛』と呼べるのは黒毛和牛で、(社)日本食肉格付協会枝肉取引規格がA-5またはB-5に評価したものだけ。その特徴は宮城の自然に育まれた美味しさにあります。良質な水とササニシキ・ひとめぼれなどの稲ワラを与え育てられた和牛の肉は上質な霜降り。食味は口当たりがよく、やわらか、まろやか、ジューシーと称されます。なかでも特に優れているのが、脂肪と肉本来の美味しさの絶妙なバランスです。その豊かな味わいは、仙台市内、宮城県のレストランはもとより、首都圏の一流ホテルや中部圏のレストランなど、広い地域でメニューに登場。まさに質、量、ともに全国でもトップレベルを誇っています。
宮城県のお米は、藩政時代から本石米として江戸市場を賑わせ、このお米を使っての酒造りも盛んに行われていました。仙台藩祖・伊達政宗公は1608年、大和から酒造りの技術者を呼んで御用酒屋を創業。これと並行して町酒屋が生まれました。数あるお酒の中でも、個性豊かな地域密着型が注目され、地酒ブームとなったのは1970年代後半から。そのブームを見据えて、1986年、宮城県酒造組合は「みやぎ・純米酒の県」宣言を掲げました。これは宮城県産米100%の純米酒造りを通して、よりいい酒、うまい酒を造り出していこうというもの。その結果、宮城県産の地酒の多くが純米酒や本醸造酒といった特定名称の酒となっています。宮城県内の蔵元は、それぞれに個性を活かしながら、高品質な地酒造りに日々研鑽を重ねています。
『仙台味噌』は戦国時代、伊達家の携帯行糧として発達し、1592年(文禄元年)、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際には軍糧として一躍名声を高めました。また、伊達藩で非常時に備えるために造った、大規模な味噌醸造施設「御塩噌蔵(ごえんそぐら)」は、日本最初の工業生産味噌の始まりといわれています。仙台味噌は大豆・米(麹)・塩を原料とする「米味噌」と呼ばれるもの。長期熟成により大豆の旨味を十分に引き出し、なおかつ米麹の甘みを抑えた香り豊かな風味が特長です。栄養豊富なだけでなく、コレステロールの抑制、がん予防効果なども科学的に証明されていますが、特に『仙台味噌』は赤味噌であることからメラノイジンという物質を多く含み、抗酸化性が高いことでも知られています。
仙台が発祥の地とされる『冷し中華』。誕生したのは、昭和12年のことです。当時は、現在のような冷房設備がない時代。「夏場にアツアツの中華料理では売上げが下がる。何かいいアイデアはないだろうか。」「麺を冷してみる?」そんな中華料理店主の茶飲み話から生まれたと言います。戦前生まれの冷し中華ですが、戦後の混乱の中、配給制限で材料が手に入らず一時メニューから姿を消したこともありました。再び冷し中華がメニューに復活したのは昭和20年代後半。具を細切りにして麺に合わせて食べやすいよう工夫したり、赤、黄.緑といった彩りにも気をつかったりと、現在の冷し中華の"原型"が出来上がったのもこの頃です。時代とともにカタチを変えながら、美味しさを進化させてきた『冷し中華』。いまや仙台が"元祖"の名物としてすっかり定着しました。
仙台長なす漬は仙台独特の漬物で、使われる「なす」から一般のものとは少々異なります。仙台の長なすは東北の気候に合った早生品種で、紫紺長茄子とも呼ばれ、色ツヤがよく、薄い皮が特徴。10センチほどの小ぶりの細長いなすで、漬物に最適な品種とされています。仙台で長なすが栽培されるようになったのは、伊達政宗の朝鮮の役(文禄2年=1593)に出陣した後とされています。実に400年以上の歴史を持つ偉大な野菜なのですね。この長なすを、塩漬けや醤油漬け込んで、上品な味わいに仕上げます。温かいご飯はもちろんこと、酒の肴やお茶請けなどに、箸が止まらない美味しさです。
1970年代前半、仙台市内の中華料理店で“まかない”として誕生した「仙台マーボー焼そば」。これまでは、知る人ぞ知るメニューの一つでした。ところが、2013年、ご当地ブームを牽引するテレビ番組で“仙台市民のソウルフード”として取り上げられると、若い世代を中心にラインやツイッターで一気にその存在が知れわたり、市内の中華料理店に問い合わせが殺到。“今の若いお客様にラーメン以外も食べてほしい”との思いから、中華料理店の店主たちが一丸となって「仙台マーボー焼そば」を定番メニューにする活動を開始。市民に認知され、愛される中華料理、新・仙台名物を目指して、提供店の数も日を追うごとに増えています。
仙台平野で古くから栽培が盛んだった『枝豆』。仙台藩ではお盆の郷土料理として「ずんだ餅」が楽しまれていたように、枝豆を美味しく食べる独特の文化も根付いています。『枝豆』の収穫時期は夏から秋にかけて。鮮度が落ちやすい農産物なので、生産地と消費地が近い仙台は、新鮮で美味しい枝豆を味わうのに適した環境といえます。また、大豆を未成熟な状態で収穫したのが『枝豆』で、大豆にはあまり含まれていないビタミンAやビタミンCなどの栄養成分も豊富です。仙台市では「仙台枝豆プロジェクト」を立ち上げ、仙台産枝豆の高付加価値化と特産品化を目指す活動をしており、市内で産直の枝豆が食べられる飲食店が増えています。(飲食店での提供期間は、概ね7月〜9月頃です)
仙台・宮城の冬の定番グルメとして、最近、全国的に知られてきたのが「せり鍋」。せり(芹)は春の七草の一つにも数えられる野菜で、旬は冬から春先にかけて。宮城県はせりの生産量全国第1位を誇り、なかでも名取市のせりは「仙台せり」と呼ばれ、名取市の特産野菜としても知られています。ビタミンCや食物繊維を多く含むこのせりをたっぷりと鍋に入れて根っこの部分まで食すのが仙台せり鍋の特徴。出汁は鶏がらや鰹節、昆布など提供するお店によっていろいろ。醤油・みりん・酒などで味付けされ、具材としてネギ・ゴボウ・鶏肉や鴨肉などが鍋に投入されます。シャキシャキとした食感と旨みのきいた出汁の相性は抜群で何杯でも食べられそうな美味しさ。〆もお店によって様々ですがおすすめはお蕎麦。つるっとすすれば、せりと出汁の格別な味わいが最後まで楽しめます。
※仙台せり鍋は食べられる時期が提供店によって異なります。概ね12月〜3月。また、せりの仕入れ状況により提供できない場合がありますので各店舗へお問い合せください。
「小粒ながら濃厚」と、全国の食通たちからも高い評価を受ける宮城の牡蠣。その生産量は全国2位を誇ります(令和2年漁業・養殖業生産統計)。宮城の牡蠣の養殖は、約300年前に松島湾で始まり、現在は北は北海道から南は九州まで、全国に出荷されるほどの名産地へと成長しました。なぜ、ここまでの人気を集めるまでに、濃厚なうまみを有することができたのでしょうか。その秘密は、宮城独特の「地形」にあります。入り組んだ静かな湾に、栄養を豊富に含んだ山からの水が注ぎ込んでおり、さらに沖合は親潮と黒潮がぶつかる潮目であることから、牡蠣の餌となるプランクトンが豊富な養殖場が数多くあるのです。恵まれた宮城の環境が生み出す牡蠣は、濃厚で上品な味わいとプリッとした食感が魅力。生のままでも、さまざまなお料理にアレンジしても楽しめます。